サハリン・北海道ボクシング交流戦!!

新元号になりましたね。

令和です。

令和になる前にサハリンと北海道の子どもたちのボクシングの試合を見に行ってきました。

サハリンとはロシアの州ですが、稚内のすぐ北にあるようです。

googleで調べたから間違いなのですが、きっと稚内の海沿いからはサハリンの土地が見えるんだろうなぁと思います。

以前に石垣島から台湾が見えたように、稚内からも異国が見えるんです。

 

今回はススキノにあるマルスジムでサハリンと北海道の子どもたちのボクシングの試合があるのでその撮影に行ってきました。

サハリンからはたくさんの子どもたちがきていました。

どこかで見た顔だなと思うのですが思い出せません。

う〜んと、と考えました。

 

ついてすぐに選手たちの撮影を始めました。

 

体が特別大きいわけではありません。

中にはアジア系の顔立ちの子どももいましたが、みんながくれる視線がピリリと味わいあるものでした。

 

 

 

 

 

あぁ、そうだ。

思い出した。

いつか、モンゴルに行った時に見た子どもの目だと思いました。

依存的でなく、自立した目だ。

 

 

 

たくましい目をしています。

久しぶりにこんな目を見ました。

異国で試合をするという特殊な環境下ではこういう目をするのです。

わたしの息子を少し大きくしたような子どもも試合をするのです。

眼差しは真剣でしたが、どこか悲しげな表情が印象的でした。

 

 

闘うとは何かについて、別の子どもを通して考えたことがあります。

それはベトナムを旅行していた頃の話ですが、わたしが乗った列車の向かいにベトナム人の親子が座っていました。

どこに行くんですか、旅行ですかと聞いたと思いますが、その父親は「体操」をするために遠い地に行くんだと言い、女の子をこれからその地へ送り届けるのだと言いました。

こんな小さな子どもをどこかに送り届け、別々に暮らすということがわたしは信じられませんでした。

お母さんはどうしたの?他の兄弟は?とも思いましたが、言葉が出ません。

女の子はニコニコと笑っているのです。

 

今、わたしは子どもと離れるということを想像するととても辛くなってしまいます。

しかし、お父さんもその女の子もそんなことは受け入れて「体操」をすることを選んだのでしょう。

世界にはその土地ならではの人が住んでいて、その土地ならではの生き方があります。

「今、辛い」なんて言っていられないのかもしれません。

 

いつかまた一緒に暮らすためにその選択をしたのかもしれませんし、その女の子の家族は何度も話し合いをしてそれを決めたのかもしれません。

ただ、ベトナムでは生きることの選択肢はそうすることもあるということを学びました。

 

今回、サハリンの子どもたちからはたくましい、が感じられました。

日本の選手からももちろん感じることはできましたが違う質の鋭いものです。

 

異質なものが交じり合うことで何が生まれるのか、彼らの試合を観てまた未来が楽しみになりました。

 

 

Follow me!